箱根町の経済循環の「見える化」にチャレンジ!7人の学生がビッグデータと実地調査で分析
「YNU地域連携最前線」では、本学と包括連携協定を締結している自治体等との連携事業の中から注目される活動をピックアップして発信しています。第3回目は、箱根町の地域経済について経済学部の学生たちが調査・分析した『箱根町における循環構造の可視化』のプロジェクトを取り上げます。
箱根町との提携について
箱根町との包括連携協定は、2018(平成30)年2月に締結されました。箱根町には、かねてから町の有識者会議などの委員やアドバイザーとして本学の教員たちが関わってきました。包括連携協定は、これからも地域の課題解決および大学の教育・研究機能の向上をともに目指し、力を合わせて活動するための枠組みとなります。
2018(平成30)年度は、今回ご紹介する『箱根町における循環構造の可視化』のほかに、学生たちが開発した算数の教材で小学校にて授業を実践する『ワクワクフライデー』、大涌谷エリアを対象とする『観光・防災アプリの開発と実証実験』も検討が始まりました。
箱根町の財政問題にフォーカス!
『箱根町における循環構造の可視化』のプロジェクトは、2015(平成27)年から『箱根町行政運営を考える町民会議』にアドバイザーとして参画している本学の池島祥文准教授と箱根町企画観光部企画課が連携して実現しました。
箱根は、江戸時代から栄える国内有数の温泉と観光の名所です。
現在も国内外からの観光客で賑わい、年間約800億円の観光収益を上げていますが、町の財政は厳しく、増税も実施されています。しかし、それに対しての住民の不満は強く、打開策がなかなか見つかりません。
そこで、まずは町の経済を客観的かつ専門的な視点で調査・分析してみようという試みが、このプロジェクトです。
マクロとミクロ、両方の視点で調査分析
調査・分析を実施したのは、経済学部池島ゼミの学生7名。
2年前に池島准教授が町役場のデータを元に行った調査結果に加え、内閣府がインターネット上で提供する地域経済分析システム『RESAS』のデータを活用し、まずは箱根町の地域経済循環をマクロな視点で分析しました。
焦点を当てたのは、町の収益の47.6%を占める宿泊業・飲食サービス業におけるお金の流れです。具体的に把握するために、2つの視点からのヒアリング調査を箱根町で実施。調査は、2018年9月7日を皮切りに5回行いました。
1つめのヒアリング調査は、観光客が対象。箱根湯本駅周辺で日本人・外国人の観光客、合計105人に支出場所と支出額を聞き取り、72%が町内で食事をしていて、77%が宿泊している実態などがわかりましました。
写真1 観光客にヒアリングする学生たち
もう1つのヒアリング調査は、7軒の宿泊事業所(ホテル・旅館)と2軒の商店を対象としました。原材料、広告宣伝費、人件費などの支払い先と支払い額を細かく聞き取った結果、多くの原材料が町外から購入されている実態や、多額の広告宣伝費などの経費が東京・横浜などの町外に支払われている実態が浮き彫りになりました。
LM3の指標で分析し、結果を町役場で発表
ヒアリング調査の結果は、地域内の乗数効果を調べるための指標『LM3(Local Multiplier 3:地域内乗数効果3)』を使って分析しました。
『LM3』は、地域で使われたお金の動きを3巡目まで考慮する指標で、数値が大きいほど地域での経済効果が高いことを示します。
箱根町のLM3は、原材料費が1.19、営業経費1.21、人件費1.55、総合では1.37となりました。他研究者が調査した地域と比較すると、中山間地域の島根県巴南町の1.76、徳島県海陽町の1.68など、箱根町の地域内の経済効果が高いとはいえないことが読み取れます。
約800億円の観光収益があるにもかかわらず、その潤沢な収益が地域内で循環せず、多額の資金が外に流出する「漏れバケツ」のような状態にあることが、ビッグデータの分析からも、現地でのヒアリング調査からも可視化されたのです。
その調査・分析の結果について、2019(平成31)年2月8日(金)に7人の学生が箱根町役場で発表しました。「漏れバケツ」対策として、公共施設跡地を活用してコミュニティビジネスを促進するなどの取り組み案も提言しました。(発表資料)
プレゼンテーション後、町民含め参加者42名が4グループに分かれて意見交換を行いました。学生たちも分かれてグループに入り、初対面の大人たちの中でファシリテーターとして意見を引き出したり集約したりしました。
写真2 調査・分析の結果を町役場で発表
調査・分析の結果は、2019年2月15日に行われた『2018年度 横浜国立大学地域連携シンポジウム』の『地域連携ディスカッション』でもポスター展示を行い、成果を報告しました。
写真3 地域連携シンポジウムで発表
振り返りとこれからの展開
参加した学生たちは、
「観光で潤っている地域なのに、財政赤字の現状と背景に驚いた」
「実際にヒアリングをして、お金が外に流出している現状がよくわかった」
「お金に関する突っ込んだ質問に事業者さんたちが丁寧に答えてくれて、インターネット検索では掴めない現場の事情をリアルに知ることができた」
など、フィールドワークの手応えを実感していました。
また、 「地元の事業者さんたちの地域への熱い思いが印象的だった」
「地域で原材料が得られない事情はあるが、現状を変えたいと思う人が連携すれば解決策は見つけられると思った」
「調査・分析の結果を町の人たちに伝えることはできたが、本当に役立ったのか気持ちがもやもやする」
「ここで学んだことは、自分の地元に帰って還元したい」
など、今回の経験を通してさまざまな思いを胸に留めました。
箱根町企画観光部企画課の伊藤和生副課長(当時)は、「とかく町役場vs町民という対立構造になりがちですが、学生さんたちが研究のためにヒアリングしてくれたことで、私たち職員も町民の方々も視野を広げられました。」と語ります。「地域経済を『LM3』の指標で捉えることができたのも、今後の対策を考えるうえでの大きなヒントになりました。箱根町には高校以上の大きな学校がないので、学生と接して生の声を聞く機会は事業者たちにも刺激になったと思います。」
伊藤和生氏は2019年2月15日に行われた『2018年度 横浜国立大学地域連携シンポジウム』のパネラーとして登壇し、連携の概要を報告してくださいました。
写真4 箱根町企画観光部企画課の伊藤和生副課長(当時)
プロジェクトの企画運営にあたった池島祥文准教授は、「町にとっても単年度で終わらせてはもったいない企画です。より正確に実態を掴むために調査のサンプル数を増やして分析を継続する必要もあります。具体的なゴールは定めていませんが、私たち教員と学生の使命のひとつは、行政と住民の間に入ってより良い関係性を築いていくことです。細くても長く続けていきたいと考えています。」と、今後の活動のアウトラインを描いています。
写真5 池島祥文准教授(右)と学生たち
参考リンク
今回の連携事業の担当教員
国際社会科学研究院 池島 祥文 准教授
経済学部 門田 裕貴・川島 幹也・橋爪 康秀・長谷部 稜・古市 智也・松本 雅裕・山口 大地
編集後記
Y:町役場でのグループワークで学生たちがファシリテーションを担ったとのこと、頼もしいですね。
I:学生たちはゼミで「グループ討議で5分で結論出して」などと無茶振りされることに日頃から慣れてますから。
Y:むしろ慣れていない町の大人の人たちには、かなり新鮮だったでしょうね。
I:「自分の意見ばかり主張する人がいても、よくまとめていた」と役場の職員さんから感心されました。学生たちの経験値も高くなったと思います。地域連携ならではの気づきが、これからもたくさん生まれることでしょう。
(担当:地域連携推進機構)
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