YNU地域連携 最前線

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「新湘南」を世界に誇れるまちに!ヘルスイノベーション最先端拠点形成に向けた産官学医連携プロジェクト
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「新湘南」を世界に誇れるまちに!ヘルスイノベーション最先端拠点形成に向けた産官学医連携プロジェクト

「YNU地域連携最前線」では、自治体・企業等との連携事業の中から注目される活動をピックアップして発信しています。第8回目は2022年11月に開催されたイベント「ヘルスケアMaaSが拓く地域コミュニティの未来2022」について、湘南アイパークの渡辺敬介様、湘南鎌倉総合病院の芦原教之事務長、三菱商事の曽我新吾様、本学都市イノベーション研究院の田中伸治教授、工学研究院の下野誠通准教授にお話を伺いました。聞き手は都市イノベーション研究院・都市科学部の田中稲子教授です。

産官学医連携による、新たなヘルスイノベーション拠点

──まず、今回のイベントの背景を伺えればと思います。この地域がヘルスイノベーション拠点となることを目指すこととなった経緯は、どのようなものだったのでしょうか。

渡辺:起点となったのは、この村岡・深沢地区におけるライフサイエンスの研究開発拠点である湘南アイパークと、徳洲会グループの旗艦病院かつ地域医療の拠点である湘南鎌倉総合病院が隣接しているという偶然をうまく活用したいという構想です。そこで、アイパークの開設から1年経った2019年に、湘南アイパーク・湘南鎌倉総合病院・神奈川県・藤沢市・鎌倉市の5者で、この地でヘルスイノベーションの最先端拠点形成を目指そうという覚書を結びました。

この拠点形成活動には「次世代健康管理」「ヘルスケアMaaS」「スポーツ振興」の3つの分科会があります。この中で、自分たちが目指している未来のイメージを目に見える形で発信しやすいという理由から、まず「ヘルスケアMaaS」をテーマにイベントを行うことに決めました。

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湘南アイパーク 渉外ヘッド・渡辺敬介様

地域医療に変化をもたらすヘルスケアMaaS

──ありがとうございます。本学は2019年より湘南アイパークを中心とした新湘南地域をヘルスケアMaaSの研究拠点として活用しており、このヘルスイノベーション拠点構想にアカデミックな立場から参加しています。「そもそもヘルスケアMaaSとは何か?」という問いに答えることも本学の大きな役割だと思いますが、この点について田中伸治先生の方から簡単に解説をいただけますでしょうか。

田中:最近ではだいぶ定着してきましたが、MaaSというのは「モビリティ・アズ・ア・サービス」の略称で、直訳すると「サービスとしての移動」です。これまでは、移動は交通手段ごとに担う企業が分かれていて、たとえば鉄道なら鉄道会社、バスならバス会社が提供するものでした。その垣根を取っ払って、たとえばアプリひとつですべての交通手段を組み合わせられるようにしよう、というのがざっくりとした考え方です。

この移動のイノベーションを健康増進や医療と結びつけるのがヘルスケアMaaSです。たとえば私たちは普段、だいたい決まった手段で通勤通学等の移動をしていますよね。そこに、それぞれの健康状態に合わせて適切に徒歩や自転車移動を組み合わせるようにレコメンドしてくれるようなサービスがあったら、自然に健康になっていくんじゃないかと。これはあくまでも一例で、組み合わせでいろいろなヘルスケアの考え方ができます。

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横浜国立大学・田中伸治教授

芦原:医療機関としても、ヘルスケアMaaSは地域医療の重要な柱になると考えています。具体的には、MaaSがもたらすアクセス性の向上を予防医療に役立てたり、PHR(パーソナル・ヘルス・レコード / 個人の健康・医療・介護情報)のようなデータを緊急時の搬送中などに活用したりといったことが期待されます。また、救急車の利用と日々の通院のための移動などでは、そもそも目的や緊急性が大きく異なりますが、そうした目的に応じてリソースを調整したりといったこともよりスムーズに行えるようになるでしょう。

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湘南鎌倉総合病院・芦原教之事務長

自動運転のイメージを塗り替える

──ヘルスケアMaaSが地域医療を変えていくという期待感から、今回の「ヘルスケアMaaSが拓く地域コミュニティの未来 2022」が開催されるに至ったのですね。では続いて、イベントの内容を簡単にご説明いただければと思います。

渡辺:まず、目玉としたのは自動運転車の実証実験です。2021年度の実証実験ではレベル3で、一部ドライバーが乗車して走行を監視する必要のあるものでしたが、今回の自動運転はレベル4、つまり人による運転操作が不要となり、一段階進化した自動運転車を住民の方々へ体験してもらいました。

曽我:2021年度の実証実験では多くのメディアで取り上げて頂き、今後の動向に強い期待感がありました。2022年度、その期待に応える進化を見せなければという思いもあり、自動運転技術のレベルを向上させるとともに、バイタルサインの取得と自動運転とが車内で完結する仕組みを構築しました。

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三菱商事 都市開発本部 総括マネージャー・曽我新吾様

──住民の皆さんはどのような反応だったのでしょうか。

曽我:一昨年に自動運転の体験会を初めて実施した際には、やはり最初は「怖い」「本当に大丈夫なの」といった声が結構ありましたね。ただ、終わった後には「こんなに乗り心地がいいんだね」といった好意的な反応が大半で、それは嬉しい驚きでした。

芦原:病院側の人間もその時に初めて自動運転を体験しましたが、やっぱり最初はみんな疑心暗鬼でしたね。「動きがぎこちないんじゃないか」とか「使えるデータがちゃんと取れるのか」とか。でも実際に体験した人たちの反応を色々聞いてみると、「これから普及していくんだろうな」という自然な納得感のようなものがあったようです。

意見交換を通じて、住民との結束が強まった

──ありがとうございます。その他の企画についても伺えますでしょうか。

渡辺:自動運転車の実証実験以外に講演系の催しを3つ行っています。ひとつは、専門家の方々向けの「学術シンポジウム」、もうひとつは地域住民の方々向けの「市民フォーラム」、最後に三菱商事さんによる、各論を深掘りする「双方向ディスカッション」です。それぞれ、担当していただいた皆さんに解説していただこうと思います。

田中:学術シンポジウムは、「ヘルスケアMaaS」をひとつの研究領域として確立したいという目論見のもとに企画しました。「医療と移動」、「移動と健康増進」の二部構成で、医療・救急・健康・交通工学の専門家の皆様にプレゼンテーションをいただき、最後にパネルディスカッションで議論しました。

異分野間での対話となったパネルディスカッションでは、ヘルスケアMaaSで「移動の提案」ができるかもしれないというアイデアが出ましたね。たとえば調子が悪くて病院に行きたいとなっても、何科を受診すればいいかわからないということがよくあります。その時にさまざまなデータから適切な窓口を推測し、利用者に提案できるようになるかもしれません。それから、健康増進という文脈ならレジャーや演劇など、別の産業との連携も可能性があるかもしれない、といった意見も出ました。

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横浜国立大学・下野誠通准教授

下野:市民フォーラムについては、せっかく地域拠点があるので、さまざまな立場の人たちで集まって地域住民の皆様と対話できるイベントをやりたいということで実施しました。

登壇されたのは本日もいらっしゃっている渡辺さん、曽我さん、田中伸治先生に加えて、湘南アイパークの藤本ジェネラルマネジャー、横浜市立大学附属病院の田村副病院長、県立保健福祉大学の成松先生、湘南鎌倉総合病院の小林院長です。国大は医学部を持っていないので、ぜひ他大学の医学者の先生方をお呼びしたいなと思っていました。また市民フォーラムといっても、住民の方々の声をただヒアリングするだけではなく、まずはこちらから「こんな未来を思い描いている」という理想を投げかけてみようということは意識していましたね。

最後に会場の方々にも参加いただけるパネルディスカッションを行ったんですが、若い学生さんや地元に住んでいらっしゃる方々など、思っていた以上に皆さん活発にご意見をくださったんです。意見を交わす中で「この地域で、みんなでやっていくんだぞ」という結束が深まったように感じられたことが、今回の一番の収穫でしたね。

まちへ技術を導入するために必要なこと

曽我:双方向ディスカッションの実施背景には、「自動運転を実証実験だけで終わらせずに、いかにまちに実装するか」という問題意識がありました。課題は大きく2点あり、ひとつは道路混雑の問題。将来、自動運転を公道で走らせる為にはこの道路混雑を解決していく必要があるとの認識。もうひとつはバイタルサイン活用の問題です。バイタルサインについては、一昨年の実証実験時に医療関係の方から「乗車時のバイタルサインだけの診断よりも日頃からのバイタルサインも見ていくことが質の高い診断に繋がる」というご意見をいただき、やはり常日頃からのバイタルサインの取得が重要なのだと再認識したという背景があります。

こうした課題感をもって、交通渋滞と健康管理のテーマをそれぞれ扱う企業とともに、住民の皆さんと意見交換を行う双方向ディスカッションを実施しました。議論の場では、住民の方々から地域課題である交通混雑の実態へのご意見と原因に係る活発なディスカッションができましたし、日頃のバイタルサインから健康状態のモニタリングをすることについての必要性についても率直なご意見を伺えたかなと感じています。

下野:機器展示では、本学で研究開発されているモビリティや健康増進についての各種機器を、住民の皆さんにも体験いただける形で紹介しました。具体的には、転倒リスクを評価するウェアラブルシステムや、遠隔触診を実現する触覚を伝達するロボットデバイス、リアルな運転体験ができるドライビングシミュレーター、センサーで自分の位置を把握できる自動走行型の車椅子ロボットを展示しました。ヘルスケアMaaSに応用できる技術の幅の広さを示せたのではないかなと思います。

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横浜国立大学・田中稲子教授(司会)

──さまざまなステークホルダーが参加した今回のイベントですが、準備や実施にあたって大変だったことなどはありますでしょうか。

曽我:自治体の皆様、学術機関の皆様、医療機関の皆様、そして我々企業とで、やはり狙いや組織のあり方というのは各々違いますから、その難しさはありました。ただ、この数年間皆さんと取り組むなかで、立場の違いも理解できるようになり、共通の目標に向けて議論していく関係性が整ってきているように感じます。今となっては、この信頼関係自体が財産です。

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渡辺:大変だったことは色々ありますが、その分、みなさんに助けていただきました。その中で「本気の人」がどれだけいるかということが大事だと痛感しましたね。イベント集客を例にとるなら、今回の1,400人という参加人数も自然に集まったわけではなくて、必死で集めてくれた人がいるということです。たとえば梅原学長は、ものすごい熱量でさまざまな学内外のコミュニティに声をかけてくださいました。こういう方々が何人いるかが、イベントや企画の成否を分けるんだなと。

下野:住民の皆さんも含め、思いを持って主体的に動いてくれる仲間をどう増やしていくかというところですよね。

未来のビジョンを住民と共有したい

──それでは最後に、それぞれの立場でこの連携活動の将来の期待、展望をお話いただければと思います。

芦原:病院の立場でいえば、コロナ禍によって医療機関側や患者さんの間で相当な行動変容が生まれたと思っています。MaaSに絡めていえば、救急車の価値なんかも大きく変わりましたよね。この変化にどのように対応していくかは病院としても大きな課題なので、この取り組みには大きな期待をもっています。

曽我:この2年間でさまざまな実証実験を行い、住民の方々とのやり取りも次第に増えてきました。その中で、住民の皆さんからシティプライドを感じられるようなまちにしていきたいという思いは強くなっています。今後は、これまで湘南アイパークを舞台に試していたことを、まちの方へと展開していきたいですね。

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田中:「ヘルスケアMaaS」の実現を目指す学術領域の側から考えましても、今回の村岡・深沢地区の新たなまちづくりはとても重要な意味をもちます。この地域でのヘルスケアMaaSを通じて人々の移動方法が変わり、それが健康につながっていくということが示されれば、その成果を他の地域にも展開できます。決してこの地域だけに留まる話ではなく、全国的な課題を解決するきっかけにもなり得るという期待をもっています。

渡辺:キーワードは「未来」だと思います。未来って、全員が自分ごとですし、興味のない人はいないですよね。そこをしっかり活動の目標に据えられれば、異なる背景をもつ人たちが集まっても協力していけるはずです。エリアとしても藤沢市の村岡と鎌倉市の深沢が交わる地点ですから、ここを拠点として、皆さんで力を合わせていければと思います。

下野:大学の二つの大きな柱は研究と教育で、それは今後も揺るがないと思います。研究に関しては、大学の中で完結するステージはとうの昔に過ぎていて、産学連携が大事という方向へとシフトしました。さらに今後は、とりわけ健康、医療、介護などの分野においては、住民目線で「自分たちが本当に使いたくなるような技術」を開発することが求められます。

教育についても同様で、大学で授業を受けるだけではなく、現場の課題を自分の目で見て解決策を考えるような教育がますます重要になるでしょう。今日の皆さんのようなチームで、地域と連携して次世代を育てていける開かれた拠点が作れたら素晴らしいと思います。ぜひ、これからも一緒に取り組んでいきましょう。

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<イベント紹介>

地域の「健康」の未来を考える

2022年11月4日から11月20日にかけて、湘南ヘルスイノベーションパーク、横浜国立大学、湘南鎌倉総合病院、三菱商事が主催するイベント「ヘルスケアMaaSが拓く地域コミュニティの未来2022」が開催されました。

ヘルスケアMaaSとは、ヘルスケアを志向したシームレスな移動システムの構築を目指すもので、地域住民の健康的な生活を支えます。このイベントでは、湘南アイパークや横浜国立大学が研究拠点として取り組むヘルスケアMaaSに関する学術シンポジウム、市民フォーラム、実証実験など多岐にわたるプログラムが実施されました。

今後も横浜国立大学は、新湘南での産官学医連携を基にした地域実践型の研究・教育を拡充し展開することで、ヘルスイノベーション最先端拠点の形成に取り組みます。

<参考リンク>

【プレスリリース】湘南アイパークにて「ヘルスケアMaaSが拓く地域コミュニティの未来 2022」を開催

(担当:地域連携推進機構)

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