YNU地域連携 最前線

YNU地域連携 最前線
保育園の音環境を改善したい! 帝人フロンティア株式会社、星川ルーナ保育園とともに挑んだ共同研究
6

保育園の音環境を改善したい! 帝人フロンティア株式会社、星川ルーナ保育園とともに挑んだ共同研究

 「YNU地域連携最前線」では、本学と包括連携協定を締結している自治体・企業等との連携事業の中から注目される活動をピックアップして発信しています。第6回目は「保育所の音環境を改善するための地域連携による共同研究」について、「星川ルーナ保育園」理事長の伊藤弓子様、園長の橋本繁様、帝人フロンティア株式会社の松本英生様、地域連携推進機構の船場ひさお客員教授にお話を伺いました。

「吸音材」の隠れたニーズが産学連携で明らかに

―――はじめに、今回の共同研究が始まった経緯を教えていただけますか。

船場:さまざまなご縁やタイミングが重なり、今回の取り組みにつながりました。まず産学連携でダイバーシティ推進をするという、文部科学省科学技術人材育成費補助事業の採択をきっかけに、共同実施機関である帝人さんとの繋がりができました。そのご縁で、本学都市イノベーション研究院 田中稲子准教授の保育環境に関する論文を帝人さんにお読みいただき、共同研究のお声がけをいただきました。吸音材と音環境に関する研究ということで、「こどものための音環境デザイン」で代表理事を務め、地域連携推進機構で客員教授をしている私が合流することになったという経緯です。

最前線6-2_船場先生.jpg
横浜国立大学地域連携推進機構・船場ひさお客員教授

伊藤:我々ルーナ保育園としても、もともと田中先生の保育園内の空気環境に関するご研究に関心を持っており、お話を伺いたいと思っていました。そんなタイミングで、今回の吸音材の実証実験にお声がけをいただきました。

船場:森のルーナ保育園は横浜国立大学のキャンパス内にあるので、もともと研究協力も含めいろいろな形での地域交流はありましたし、横浜市内に複数の園があり、比較研究もしやすいという利点もありました。コロナ禍でもスムーズに実験を進めることができたのは、こうしたご縁や地域的な結びつきがあったからだと思います。

松本:弊社の超軽量天井材「かるてん」はもともと吸音材として開発されたものではありませんでした。ただ、結果的に従来の石膏ボードよりも断熱性や吸音性に優れていたため、この利点をどこかで活用できないかと模索していたのです。レストランなどでニーズがありそうとは思っていましたが、保育園で役立てられるというのは意外でした。

最前線6-3_かるてん試験施工.JPG
実証実験で「かるてん」を天井に設置した保育室の様子

船場:子どもたちの声が室内に響きすぎてしまうため、保育園に吸音材を入れたいという要望はもともとありました。ただ、大がかりな改修で保育を止めることなく、後から取り付けるだけで効果の出る不燃の吸音材というのは今まであまりなかったんです。

伊藤:我々の法人では4つの保育園を経営しているのですが、特に音の問題を抱えていたのが、今回実験を行った星川ルーナでした。天井がアーチ状に設計されていて、音が反響しやすい構造になっているためです。そこで、まずは5歳児用の部屋に「かるてん」を設置して、どんな結果が出るかを確かめることになりました。

吸音材導入で初めて気付いた「音のストレス」

―――「かるてん」設置後、どんな効果がありましたか。

橋本:やはりというべきか、音の変化に最初に気づいたのは、リトミック(音楽教育)の先生でした。もともと、音の響きやすさが裏目に出て、指導がしにくいという声は伺っていたんですが、「かるてん」導入後はヘッドセットマイクなしでも指導ができると好評です。保育士の先生たちからも、「園児たちの声が反響せず、聴きやすい」「自分の声を届けやすい」といった感想が寄せられました。

最前線6-4_橋本園長.jpg
星川ルーナ保育園・橋本繁園長

伊藤:実際に「かるてん」を設置した部屋と、普通の部屋とで手を叩いて比べてみると、音の響きがまったく違うんです。これは体感してみて初めてわかったことでした。

船場:60デシベル、80デシベル、と数値で言われても、騒音の度合いはなかなかイメージできないですよね。「保育が楽になった」という主観的な効果は、実証実験でしか確かめられない部分だと思います。

橋本:話し声が聞き取りやすいこと、声を届けやすいことは、子どもとコミュニケーションを深めるうえで大変重要なポイントです。保育士たち自身も、今回の実験を通じて初めて、自分たちが普段音のストレスを感じていたということに気付いたと言います。

最前線6-5_かるてん.jpg
現在、保育室に設置されている「かるてん」

伊藤:最近は保育士がマスクを着用するため、以前にも増して声が届きにくくなりました。マスクを外して話す場合には、飛沫に気をつけなくてはなりません。「かるてん」があれば、声を張り上げる必要がなくなり、飛沫の抑制にもつながる。コロナ対策にも最適なのではないでしょうか。

見えない課題を「見える化」する

―――今回の共同研究で、どんな発見がありましたか。

船場:アンケート調査で「毎日耳の異常を感じる」と回答した保育士さんがいたのが気がかりでした。

伊藤:実際に耳鳴りや難聴といった病気を理由に退職する年配の保育士もいます。

最前線6-6_伊藤理事長.jpg
「星川ルーナ保育園」・伊藤弓子理事長

船場:あまり意識されていませんが、保育士の職業病と言えるのかもしれませんね。

橋本:子どもたちが賑やかなのは、保育園では当たり前のことです。だからこそ、耳が慣れてしまって、ダメージに気付きにくいのではないでしょうか。

伊藤:日常的に大きな声を張り上げるので、喉にポリープができる保育士もたくさんいますね。結果的に耳にも負担がかかってしまい、悪循環につながっています。

松本:音が子どもたちの発育だけでなく、保育士の方々のダメージにもつながるとは知りませんでした。弊社としても研究結果を積極的にPRして、保育園の音環境の改善に貢献していきたいです。

最前線6-7_帝人松本様.jpg
帝人フロンティア株式会社・松本英生氏

橋本:今回の研究によって、環境を変えると声が聞こえやすくなり、子どもにも伝わりやすくなることがよくわかりました。大きな声を出さなくても済む方法があると気づけたのが、何よりの収穫です。

船場:2020年の6月に、日本建築学会から保育園の音環境に関する推奨規準と設計指針が示されましたが、建築基準法や児童福祉施設最低基準といった法的拘束力のあるものには、未だに音環境の規制は設けられていません。しかし、今回の共同研究で、保育所の環境構成に音が重要であることがあらためて示されました。当事者ですら気づかない潜在的な課題を発見し、それを研究としてまとめることで制度の改善につなげていくこと。今回の共同研究は、そんな大学の役割を改めて強く認識するきっかけになりました。

保育所研修で共同研究の結果を共有

2020年12月にオンラインで開催された保育者研修では、4園(星川ルーナ、森のルーナ、鶴見ルーナ、りとるルーナ)の音環境の調査報告が行われました。発表を行ったのは、船場教授とともに「こどものための音環境デザイン」理事を務める野口紗生氏。聞き手として参加したのは、星川ルーナの橋本園長をはじめ、4園の職員、保育者30名です。

冒頭では音環境と子どもの発達の関係、保育園の音環境の現状を解説しました。4園の保育者アンケートでは、「大声を出す度合い」や「耳の異常を感じる頻度」「声の通りやすさ」「子どもの声の聞き取りやすさ」「子どもの落ち着き」「読み聞かせのしやすさ」など、多くの項目について調査。森のルーナが多くの項目で高評価だった一方、星川ルーナと鶴見ルーナは課題が見られました。

次に、音環境測定で4園の音環境が評価されました。暗騒音(子供がいないときに生じる騒音)が建築学会の推奨規準をほぼ満たしていて「静か」と評価されたのは、森のルーナとりとるルーナ。推奨規準を超えていると評価されたのは、星川ルーナ、鶴見ルーナでした。

全体的に高評価だったのは、森のルーナです。森のルーナは他の3園と異なり、吸音天井板を使用していたことが要因に挙げられます。

最後は、星川ルーナの「かるてん」設置実験の結果報告です。測定結果から残響時間の減少、保育者へのアンケートから、聞き取りやすさ、子どもの落ち着きという点で成果が見られました。声が聞き取りやすくなったことで、声を張り上げる必要がなくなり、総合的に音環境が改善されたと考えられます。

このことからも、吸音材の有無が音環境に大きな影響を与えるという結果に。保育における音環境の重要性自体がまだまだ普及していないなかで、音環境に意識を向ける大切さが共有された研修となりました。

参考リンク

【プレスリリース】保育施設内の反響音を低減し子どもにも保育者にもやさしい環境を作る

今回の連携事業の担当教員等

大学院都市イノベーション研究院 田中 稲子 准教授
地域連携推進機構 船場 ひさお 客員教授

(担当:地域連携推進機構)

HOME